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Railtrip Landscape History

遊園の廣福寺、稲毛重成の館跡


小田急線に乗って、向ヶ丘遊園駅に来ました。
遊園(ゆーえん)って呼んでますよ、ジモティ的には。


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駅名の由来となった、向ヶ丘遊園というアットホームな遊園地は、
2002年に閉園しちゃいました。

現在のバラ苑や、藤子F不二雄ミュージアムの近くにあって、
駅から遊園地まで、近未来的な姿のモノレールが走っていたんですよ。

遊園地もモノレールも、もう存在しませんが、
駅名だけはそのまま残っています。

たぶん永遠にそのままだと思います。
そうであって欲しい。

北口改札を出ると、ギャンブレル屋根の駅舎です。
おしゃれでしょ。



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向ヶ丘遊園駅から南へ、
小田急線の線路沿いを歩いていきます。

専修大学のキャンパスへ通じていく、
学生たちの通学路になってる道。

その道の途中、線路沿いを離れて、
谷のなかへ入っていくところに、お寺があります。

廣福寺です。



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廣福寺(広福寺 こうふくじ)は、平安時代初期の、承和年間(834 - 848)に、
慈覚大師(円仁)によって創建されたと伝わる。

鎌倉時代に、この地の領主である稲毛三郎重成が再興したと伝わり、
本堂には重成像、境内には重成の墓と伝わる五輪塔がある。
(川崎歴史ガイド・川崎市教育委員会の説明板より)

稲毛重成のものと伝わるお墓は、境内南側の墓地にあります。
私も、本堂とお墓をお参りしました。



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稲毛重成は、平安末期から、鎌倉初期を生きた武士で、
鎌倉幕府の御家人です。

現在の川崎市の北部地域にあたる、稲毛荘に住んでいたという、
川崎では数少ない、地元ゆかりの歴史上の人物なのです。

最初は平家に仕えていましたが、のちに源頼朝に鞍替えして、
鎌倉幕府の成立にちょっとだけ貢献しました、たぶん。

それにより、北条政子の妹を妻に迎えているんです。
なんと、将軍の頼朝と、義理の兄弟の関係だったのですよ。

ところが、1199年、稲毛重成が橋を架けたことを発端(?)として、
義理兄さんの頼朝が死去。

これが稲毛重成にとって終わりの始まりだったのか、
幕府内部の勢力争いのなか、陰謀の首謀者だと疑われて、
1205年に殺害されました。



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御家人のなかでもマイナーな存在で、大河ドラマの主人公には絶対になれないし、
クイズ番組でも出題されないだろうけど、
地味ながら波乱万丈の人生を送っています、何気に。

有名人物と関わっているわりには特に目立つこともなく、
そんなに良い人でもなさそうだけど、悪い人でもないような、微妙な感じが魅力です。

この廣福寺は、稲毛重成の館跡ともいわれていて、さらに、
裏山の枡形山には、稲毛重成の城があったそうです。

私は境内を出て、その枡形山を上りました。



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