Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

いずみ中央は、泉親衡の伝承の地


相鉄いずみ野線に乗って、いずみ中央駅に来ました。


PB000746


横浜市泉区にある、いずみ中央駅、湘南台駅から2駅目です。
1990年の開業、わりかし新しい駅なんですね。

泉区のど真ん中にあるってわけじゃなくて、
区役所が近くにあるから、そう名付けられたようです。

緑園都市 - 弥生台 - いずみ野 - いずみ中央 - ゆめが丘、
これらが相鉄線の泉区内の駅で、湘南台は藤沢市になります。

改札を出ると、駅のすぐとなりを川が流れていました。
和泉川です、駅前のところは親水公園になっていましたよ。


PB000747

PB000748


この和泉川の流れが作った谷のなかを相鉄線が走り、
いずみ中央駅は、その谷底に位置しています。

私は、和泉川を東へ渡ったところにある、
須賀神社と、そのお隣の、長福寺をお参りしました。


PB000749

PB000751


須賀神社と長福寺には、信濃源氏の一族のひとりで、
鎌倉幕府の御家人、泉親衡(いずみ ちかひら)についての伝承があります。

長福寺は、泉親衡が道場として創建した寺であり、
須賀神社は、泉親衡の館の鎮守神として祀ったものである。

泉親衡の館というのは、須賀神社と長福寺の境内に隣接する、
泉中央公園の一帯に立地していたと伝承されています。
(泉中央公園にある説明板より)

信濃国小県郡小泉庄(現在の上田市小泉)の住人、泉親衡。
その館が、なぜ横浜市泉区にあるのかは、私にはいまのところ不明です。

あくまでも伝承、とのことみたいだけど、
標識や説明板が充実しているので、歴史散策を楽しめちゃいますよ。


PB000750


そして私は、長福寺のわきから、いずみ中央の東の丘をあがり、
泉中央公園を訪ねました。

秋の休日の昼下がりを、地元に住む親子が遊ぶような、
のどかで、平和そのものな公園でしたよ。


PB000752

PB000753


泉親衡は、鎌倉時代前期に生きた人物で、
「 泉親衡の乱 」 を起こした男として、その名が歴史上に刻まれています。

2代将軍の源頼家(頼朝と政子の嫡男)が、1204年に23歳で亡くなったあと、
おなじく頼朝と政子の子で、頼家の弟の、源実朝が3代将軍となり、

北条政子・北条義時・大江広元などの主要な御家人が、
将軍とその幕府を支える体制になっていました。

そのなか、泉親衡は、頼家の遺児のひとりを将軍に擁立しようと企むのですが、
1213年、この親衡の陰謀は、幕府に露見してしまいます。

陰謀に関わった、信濃・越後・下総・伊勢などの御家人 300人以上が捕縛され、
泉親衡は、その混乱に乗じて、行方をくらませたそうです。
(長福寺にある説明板より)

※泉親衡が擁立しようとした頼家の遺児は、栄実とされているが、
実際に、栄実なのかどうかは、疑問があるようです。
(ウィキペディア 栄実より)


PB000754


泉親衡の乱の最大のポイントは、
逮捕された御家人たちのなかに、

幕府の主要な御家人のひとりで、侍所別当の、
和田義盛の子息が含まれていたことで、

それにより一連の事件の嫌疑が、
和田義盛にかけられることに。

泉親衡の乱から3ヵ月後、北条氏・三浦氏を中心とする幕府側と、
和田義盛の一族を中心とする相模武士との戦い、

和田合戦(1213年)が起こり、和田義盛は鎌倉で戦死。
和田塚は、亡くなった義盛ら一族を供養するものと伝わっています。


PB000755

PB000756






関連記事
スポンサーサイト

 神奈川のお寺 鎌倉幕府 御家人 神奈川の神社 公園 三浦氏

Comment

Add your comment

Latest