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Railtrip Landscape History

極楽寺坂の西方寺跡あたり


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横浜の新羽にある西方寺をお参りしたあと、鎌倉へ。
江ノ電に乗り、極楽寺駅で降りました。

彼岸花の参道が美しい西方寺、いまは横浜市の新羽にありますが、
そもそも、鎌倉にあったお寺さんなんだそうです。

鎌倉幕府草創期の、1190年に鎌倉の笹目で創建され、
鎌倉中期に、極楽寺の東の山中に移転。

「 極楽寺境内絵図 」 をネット検索すると、
極楽寺の最盛期を描いた絵図を見ることができるのですが、

その絵図の右下のほうに、
西方寺の名前とお堂の絵を発見することができますよ。

その後、西方寺が新羽へと移ったのは、室町時代の後期、1495年。
明応4年の大地震(wiki)があったとされている年です。


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絵図を参考に、かつての西方寺の跡地を散策。
極楽寺駅から鎌倉のほうへ、極楽寺坂を下っていく。

坂の途中の南側斜面には、成就院の裏参道があります。
その反対側、坂の北側の斜面が、西方寺があったであろう場所。





ちょうど、2本の階段坂が北側斜面に伸びていたので、
それぞれを上がったり下ったりしました。


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1本目の階段は、坂道に沿って数軒の住宅が立ち並んでいました。
もう1本の階段の上は、平らなスペースがあり、そこは墓地になっていました。

西方寺は、この小さな谷戸のなかにあったのか、
それとも、山の上にあったのか。


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