Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

石垣山農道を上って、石垣山城址へ


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ここは、神奈川県 小田原市にある、
JR東海道線の早川駅。

小田原駅のひとつ隣の駅で、快速アクティーも停車します。
アクティーなら、東京駅から約80分、横浜駅から約50分の距離にあります。

この早川駅から、私は、石垣山の登山をしました。

豊臣秀吉が、小田原の後北条氏を攻めるために築いた、
石垣山城で有名な、あの石垣山です。

標高261.1メートル、小さな山なのですよ、案外ね。





yahoo mapを見てのとおり、
早川駅のすぐ西側に、石垣山はあります。

箱根登山鉄道(小田急線と直通)の入生田駅もありますが、
こちらは日陰の北側斜面だし、人通りの少ない登山コースになります。


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これが、今回私が歩いた、登山ルートのマップです。

早川駅(地図下)から、石垣山一夜城歴史公園(地図中央)まで、
Aルートを歩きました。

これと同じマップが掲載された、ウォーキング用のパンフレットがあります。
「 ウォーキングタウンおだわら散策マップ 西部版 」 です。

小田原市公式サイト / 小田原市のウォーキングコース
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/walking/walkingcourse.html


私は、小田原駅コンコースにある観光案内所でパンフレットを入手して、
石垣山の登山に挑みました。


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早川駅から、小田原漁港や、早川のまわりを散策したあと、
一夜城下通りを進み、新幹線のガードのところで、登山ルートに入りました。

海蔵寺の門前のあたりから、石垣山農道が始まります。
農道といっても、舗装された2車線の車道です。

ときたま車が通るけど、そんなにストレスには感じず、
のんびりと歩くことができます。

農耕車を見られるかも、って楽しみにしてたんだけど、
このときは残念ながら、1台のトラクターともすれ違うことはできなかった。


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農道の坂を上っていくと、だんだんと市街地を眺められるようになり、
小田原城址公園にある復元天守も見えてきました。

7月に訪ねた、小田原の城山は、
石垣山の北の方角、早川の流れをはさんだ対面にあたります。

これとは逆に、城山のほうから石垣山を見ると、
下の写真のとおりになります(2016年7月撮影)。

※ 上の写真は、石垣山から豊臣方が見た、小田原城の風景(の現在)。
※ 下の写真は、小田原城内から後北条方が見た、石垣山城の風景(の現在)。


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石垣山一夜城歴史公園には、1590年の小田原攻めの際の、
後北条・豊臣、それぞれの軍の部隊配置図が掲載されていました。

その配置図を参考にして、私が撮影した写真のなかに、
参陣した各部将たちの名前を書き入れてみました。

小田原城の南西側、
早川・板橋戦線における戦闘配置です。


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石垣山農道の登山ルートの長さは、およそ1.8キロメートルほど。
標高260メートルなので、勾配は緩やかですが、ずっと上り坂です。

道幅が広く、日陰がさほどないので、
まだまだ陽射しが強いこの時期は、結構しんどいです。

だけど、小田原の街並みに、箱根の山のみどり、相模の海のブルー。
少し登るだけでも、ちょっとずつ表情を変えていく、眼下の眺めが素晴らしい。

頂上の石垣山公園には駐車場があるので、車で行くこともできるんだけど、
この風景を目にしながら、一歩ずつの坂歩きを楽しみたい。


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いちばん眺めが良いと感じたのは、
下の写真の、千利休を紹介する看板があるポイントです。

石垣山農道には、一定の間隔で、
小田原征伐に関係する豊臣方の人物を紹介する、看板が立てられているんです。

豊臣秀吉、徳川家康、千利休、淀殿などなど、
小田原市は、石垣山では豊臣方に絞って、歴史案内をしているようです。

小田原駅や、小田原城周辺ではたくさん見かける、
後北条氏についての紹介は、ここでは見かけませんでした。


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石垣山農道を50分ほどかけて歩き、
石垣山一夜城歴史公園に辿りつきました。

関東に侵攻した秀吉は、まず、
箱根湯本にある早雲寺を最初の本陣に定めました。

その後、石垣山に城を築くと、早雲寺を焼き払い、
石垣山城に本陣を移した。

「早雲寺」 『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 2014年1月22日 (水) 07:50
URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/早雲寺



後北条氏の初代・北条早雲ゆかりの早雲寺を、
秀吉に焼かれてしまったことは、

北条一族のみならず、小田原の人々にとっても、
大きなショックであっただろうと思います。

果樹園から猿を追い払おうとする、猟銃の威嚇音が耳に残った、
石垣山の登山でした。


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