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鎌倉の、浄妙寺まわり



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鎌倉駅前から、京浜急行バスに乗り、金沢道を東へ進む。
そして、浄明寺バス停で降り、すぐ北側にある、浄妙寺を訪ねました。

浄妙寺の山門には、足利氏のマーク。
足利氏の2代目、足利義兼が建立した、足利氏のお寺です。

中興の足利貞氏は、室町幕府の将軍・足利尊氏のお父さん。
本堂でのお参りのあと、境内にある、貞氏さんの墓所もお参り。

室町幕府の将軍だった足利氏は、京都イメージが強い一族だけど、
貞氏の代までは、足利氏は鎌倉幕府の御家人でした。

御家人・足利氏の鎌倉邸宅は、
どうやら、浄妙寺の近くにあったみたい。


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その後、浄妙寺の西側にある、
熊野神社や、石窯ガーデンテラスのあたりを散策。

熊野神社は、足利直義 (尊氏の弟) の菩提所である、大休寺の跡地。
石窯ガーデンテラスは、足利高義 (尊氏の兄) が建てた、延福寺の跡地。

1352年に、直義が死去したのは、延福寺のほうのようです。

「浄妙寺 (鎌倉市)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2015年12月27日 (日) 11:45
URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/浄妙寺 (鎌倉市)



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「 父のように迷うな。神仏の許しあらば、天下をとれ。」 足利貞氏
(大河ドラマ 『 太平記 』 より)

足利尊氏の選択、鎌倉と京都、どちらに幕府を開くべきだったのか。
というのをテーマにした、NHKの 『 英雄たちの選択 』 の再放送回を見てました。

尊氏が京都を選んだことで、京都の文化と、東国の文化とが融合し、
現代の私たちに直接つながる文化 (生花や、茶の湯など) が誕生した。

番組では色々な話題があったけど、その文化的なことが一番興味深くて、
相当な苦悩のなか、北条を裏切り、天皇と戦い、そして京都を選んだ、
それで良かったんだろうなと思った。

鎌倉が廃れてしまったのは、寂しいけども。







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