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田端文士の村


JR山手線の、田端駅から南へ500メートル程、
谷田橋の交差点を西へ入ったところにある、小さなお社。


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この田端水神稲荷神社のちかくで、詩人の萩原朔太郎が、
1925年(大正14年)の4月から11月までの、約8か月を過ごしたらしい。

朔太郎は、38歳のときに前橋から上京、まず大井町に住み、
それから田端に転入し、妻の療養のため鎌倉へと移った。





大正当時の田端は新興住宅地だったそうで、
芥川龍之介を中心とした文士の村が形成されていた。

萩原朔太郎もおそらく、やはり田端に住む親友の室生犀星に
呼ばれて大井町から移ってきたのだろうと思う。

私は、朔太郎の居所跡地のまわりをしばし歩き、その後、
田端の駅前にある田端文士村記念館を訪ねました。

田端にゆかりの小説家、芸術家、詩人ら文士たちを紹介する施設で、
館内には彼らについての資料が展示されています。(入館無料)



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芥川君と僕との交際は、死前わづか二三年位であったが、
質的には可なり深いところまで突っ込んだ交際だった。

「芥川君との交際について」 筑摩書房 萩原朔太郎全集第9巻より

というのは、朔太郎が龍之介との交際を記したエッセイで、
筑摩書房の萩原朔太郎全集 第9巻に収録されています。

それは、1925年に朔太郎が田端にきて、龍之介と初対面してから、
1927年の芥川龍之介の自殺までの、朔太郎による芥川評。



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或る日の朝、珍しく早起きして床を片づけているところへ、
思ひがけなく芥川君が跳び込んできた。…

「床の中で、今、床の中で君の詩を読んで来たのだ。」

「芥川龍之介の死」 筑摩書房 萩原朔太郎全集第9巻より

朔太郎の郷土望景詩に感動した龍之介は、寝巻きのまま、
自宅を飛び出して朔太郎の家まで駆けてきたという。

龍之介を「理智の人」「インテリゲンチャ」と考えていた朔太郎だが、
この情熱の出来事のあと、ある疑問をもつようになる。

彼は小説家なのか、詩人なのか。



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田端駅から南へ伸びる切通しの坂。

この写真の奥のほうの右手に萩原朔太郎の家があり、
写真の手前、左手の路地に芥川龍之介の家があった。

彼の作品は、あまりにも客観的、合理観的、非情熱的、常識主義的 …
彼は詩を熱情している小説家 … 典型的な小説家にすぎない

「芥川龍之介の死」 筑摩書房 萩原朔太郎全集第9巻より

朔太郎は当初、龍之介をそう評価するが、やがて
龍之介の真の内面に、詩人の情熱がひそむことに気付く。



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 萩原朔太郎 芥川龍之介 近代文学

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