Ce n'est rien.

poesy from hasard objectif

代田の、61号鉄塔


PB002046

PB002047



複々線化のため地下となった、小田急線の世田谷代田駅を出て、
南へすこし歩いたところにある、一本の鉄塔。

この鉄塔の下には、詩人の萩原朔太郎が、1933年(昭和8年)から、
1942年(昭和17年)に亡くなるまで住んでいたらしい。

「萩原朔太郎」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年11月26日 (日) 06:53
URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/萩原朔太郎




PB002048



61号鉄塔は、1926年(昭和元年)に建てられたもので、
当時緑豊かなここに立つ銀色の塔は、都市近郊を象徴する景観だった。

萩原朔太郎は、この塔のすぐ下に、自らの設計による家を建て居住した。
鋭く尖った三角屋根の家は、鉄塔を意識して設計されたものだろう。
(説明板より)

“都会の空に映る電線の青白いスパークを、大きな青猫のイメーヂに見てゐるので、
当時田舎にゐて詩を書いていた私が、都会への切ない郷愁を表象してゐる。”
萩原朔太郎 『定本青猫』 自序より 「青猫」の意味について




PB002049

PB002050

PB002051

PB002052



“自分の言ふ言葉の意味が、他人に解らないといふことは
どんなに悲しいことであるか。
自分の思想が他人に理解されないといふことは
死刑以上の苦しみではないか。”
「言はなければならない事」 『萩原朔太郎』 筑摩書房より


呪われた郷里からの不条理な呪縛と、
理不尽に課せられた自己の革命への苦しみ。

萩原朔太郎のメロヂカルな詩にふれる日々。
前橋にもいづれ出かけてみようと思ふ。



PB002053







関連記事
スポンサーサイト

 小田急 近代文学 萩原朔太郎

Comment

Add your comment

Latest