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Railtrip Landscape History

坂本八幡宮、万葉集歌碑


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大宰府政庁の北西にある、小さな神社。

戦国時代に創建された坂本八幡宮、平安期にはお寺だったとも。
その周囲は、大伴旅人の館跡と伝えられている。
(説明板より)

奈良時代、728年から730年まで、
大宰府の長官(大宰帥)として赴任していた、大伴旅人。

もしかしたら、この場所には、
大宰府長官の官邸があったのかも。





境内の石碑に刻まれるのは、
万葉集に収録されている、大伴旅人の歌。

奈良の都から大宰府に下り、間もなくして、妻を亡くした。
その心淋しい想いを詠んだものだそうです。

わたしの岡に、牡鹿がきて鳴いている。
今年初めての萩の花がさき、嬬問いをしに、牡鹿がきて鳴いている。



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世の中は 空しきものと 知るときし
いよよますます 悲しかりけり
大伴旅人 妻の死に際して詠む

生ける者 つひにも死ぬる ものにあれば
今ある間は 楽しくをあらな
大伴旅人 酒を讃むる歌十三首のひとつ

還るべく 時はなりけり みやこにて
誰がたもとをか わが枕かむ
大伴旅人 帰京をまえに大宰府で詠む

『100分de名著 万葉集』より



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大伴旅人と筑紫歌壇を形成していた、山上憶良は、
おなじ時期、筑前守(726年頃 - 732年頃)として赴任していました。

山上憶良は、庶民の生活に寄り添うような社会派の詩人であり、
妻を亡くした大伴旅人に、悲しみをともにする歌を詠んでいる。

大野山 霧たちわたる わが嘆く
おきその風に 霧たちわたる
山上憶良 妻を亡くした旅人へ

『100分de名著 万葉集』より



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私は、坂本八幡宮から東へ、月山東官衙、学校院跡と歩きました。
学校院跡の一角には、山上憶良の歌碑がたてられています。

銀も、金も玉も、いったい何になろうか
どんな宝であろうと、子供にはおよばない
山上憶良

大伴旅人と山上憶良のほかにも、額田王や柿本人麻呂など、
飛鳥・奈良と大宰府をつなぐような歌が、万葉集に収録されています。

奈良と太宰府、遠く離れた二つの町。
私にとっても必然と、旅によって結びつけられることとなった。



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