Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

羊山公園から、秩父神社へ



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秩父・羊山公園にて、芝桜の丘を歩いたあと、
見晴らしの丘から、秩父のまちを見晴らす。



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そして、すぐ隣にある、武甲山資料館にも立ち寄りました。

はるか昔、南の海のサンゴによってできた石灰岩が、
プレートに乗って移動し、やがて地表に現れたのが、武甲山なんだそうです。

武甲山からの石灰岩の採掘は、明治時代から始められた。
セメント、歯みがき粉、こんにゃく(!)などになっているらしい。

私の住む川崎市でも、「秩父 セメント」と書かれた車をよく見かけるし、
多摩川沿いにはセメント系のプラントが多い。

秩父は、彼らセメント業者たちの首府であり、
武甲山は、そのシンボル的存在ということになるのかな、と思うと、
ほのかに、秩父に対する心のシンパシーがわき起こるのを、禁じ得ない。



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町角にあった武甲山の写真展。

採掘が始められる前の、本来の山の姿の写真もありました。
(武甲山資料館でもその写真を見れます)

秩父の町中をすこし歩くだけでも、
武甲山が人々に愛されているのが分かります。

愛してはいる、でも、削ってもいる、
にわかの私には、その機微なる感覚をまだ理解することはできない。



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武甲山は、祖父ヶ嶽、武光山、妙見山など、
時代によって、その名前を変えているようです。

崇神天皇の時代(3c - 4c頃?)には、
武甲山は、知々夫ヶ嶽と呼ばれていたそうです。

それは、知々夫彦命(ちちぶひこのみこと)が、知々夫国の国造に任命され、
秩父神社を創建し、知々夫国の時代に入ったことに由来する。

その知々夫国と、東側の无邪志国とが、7世紀に合併して、
武蔵国が成立したと考えられている。

「秩父神社」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 2017年3月28日 (火) 22:41
URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/秩父神社




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この旅の最後に、
秩父神社をお参りしました。

戦国時代に焼失したものを、徳川家康が再建したという社殿には、
左甚五郎の作と伝わる、虎の彫刻に、龍の彫刻。

さらに、おなじみのものとは一味違った、
よく見・よく聞いて・よく話そう、という三猿の彫刻も。



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羊山の芝桜と、秩父神社をめぐり、
この日の秩父の散策は終了。

駅前温泉・祭の湯のフードコートでお蕎麦を食べながら、
つぎは、秩父夜祭か、龍勢まつりの日にまた来よう、と思いつつ、
歩き疲れた体をレッドアローに委ねました。





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