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Railtrip Landscape History

熱田神宮と、源頼朝の出生地


これは、名古屋市 熱田区の、誓願寺の門前にある、
右大将 源頼朝公 誕生の地碑。


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源頼朝出生地
この地は、平安時代末期、熱田大宮司 藤原氏の別邸があったところ。

藤原季範の娘・由良御前は、源義朝の正室となり、身ごもって、
1147年 (久安3年)、熱田の実家に帰り、この別邸で頼朝を生んだといわれる。
(名古屋市教育委員会の説明板より)


This land, the late Heian period,
there was a villa owned by the Fujiwara family
who served as the head priest (大宮司 Daiguji)
of the Atsuta Shrine (熱田神宮 Atsuta-jingu).

It is believed that
Yura-Gozen (由良御前 Fujiwara Suenori's daughter) gave birth
to Minamoto no Yoritomo here in 1147.
Minamoto no Yoritomo (源頼朝) was the first shogun
of the Kamakura Shogunate (鎌倉幕府 Kamakura-Bakufu).



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久しぶりに、名古屋を旅してきました。

早朝の新幹線のぞみ号に乗り、新横浜から、名古屋まで。
そのままJR東海道線にチェンジして、およそ6分ほど、熱田駅で下車。

熱田駅から西へ向かい、5分ほど歩いたところ、
伏見通 (国道19号) に面した場所に、誓願寺はあります。





誓願寺があるこの場所で、1147年、熱田大宮司家の娘・由良御前は、
のちに鎌倉幕府の将軍となる、鬼武者 (頼朝の幼名) を生んだ。

頼朝のお母さん・由良御前は、熱田大宮司・藤原季範の娘で、
この地には、かつて熱田大宮司家の屋敷がありました。

熱田大宮司というのは、熱田神宮の最高経営責任者てきな存在で、
祭祀や、社領(土地)の管理・徴税などにより神社経営をする職、なんだと思います。

ただ、熱田大宮司の藤原季範は、京都で活動することが多かったようで、
そのため、頼朝の出生地は京都なのでは、という説もあります。

でも、説明板の、「 由良御前は、熱田の実家に帰って頼朝を生んだ 」 、
っていうのを読んだとき、私は、妙に納得しちゃうものがあったけどね。



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片側5車線の伏見通をわたって、
熱田神宮のお参りに向かいました。



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熱田神宮は、三種の神器のひとつ、草薙剣 ( くさなぎのつるぎ ) を神格化し、
お祀りしたことが起源となっているようです。

草薙剣は、スサノオが退治したヤマタノオロチの尻尾から現れた剣で、
のちに、ヤマトタケル (日本武尊) は東国平定の際に、草薙剣をもらい受けて出かけました。

その遠征の帰路、ヤマトタケルは、尾張の宮簀媛 (ミヤスヒメ) と結婚して、
媛に、草薙剣を預けたんだそうです。

ところが、ヤマトタケルはその後すぐに亡くなってしまったので、
宮簀媛は、託された草薙剣を熱田にお祀りした、それが熱田神宮の始まり。



(草薙剣を預かるミヤスヒメ)
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神奈川県民の私としては、ヤマトタケルの妃といえば弟橘媛なんですけど ......。
気持ちの切り換えが速いことも、英雄たる者の条件、なんだろうかな。

ちなみに、熱田神宮の北西すぐ近くのところには、
宮簀媛のものだといわれる古墳があります。

断夫山古墳 (だんぷ) という前方後円墳で、出土物などから、
古墳時代後期 (5世紀 - 6世紀) ころの築造と考えられていて、

学術的には、この地域の古代豪族・尾張氏の古墳であると比定されていようです。
(wiki 断夫山古墳)



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熱田神宮の大宮司職は、そもそも、尾張氏が務めていたもので、
藤原氏は、平安時代の後期に、尾張氏から大宮司職を譲り受けていました。

平安時代の後期、熱田大宮司の尾張氏は、土地の所有権・徴税権などをめぐり、
尾張国衙 (尾張の行政機関) と、たびたび対立していたんだそうです。

この対立を和解するためにまず、尾張員職 (かずもと) の娘・職子と、
尾張国目代の藤原季兼 (藤原南家 巨勢麻呂流) とが結婚し、さらに、

季兼と職子のあいだに生まれた子・藤原季範 (1090年生) を、
1114年、尾張員職の養子とし、そして、熱田大宮司職を季範に譲った。

大宮司職を譲った尾張氏は、権宮司という副官の立場になりますが、
実質的には、熱田神宮の経営は引き続き、尾張氏が担当したようです。



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藤原季範は、熱田大宮司の地位や、尾張守・藤原季成との関係を足がかりに、
京都政界に進出し、京都を活動の拠点とするようになります。

そして、季範の娘たちは、尾張守・藤原季成の異母姉である待賢門院 (鳥羽天皇の中宮) や、
その娘・上西門院 (後白河の姉) に、女房として仕えていて、

そうしたなかで、藤原季範の娘・由良御前は、源義朝と結ばれて、
1147年に、頼朝を出産した。
(wiki 熱田神宮、藤原季範、由良御前より)



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お参りしてきました。

憧れの熱田神宮、その大きさに、緊張して心が乱れまくってたけど、
ともかく無事にお参りすることができました。

このあと、宝物館を見学して、さらに境内をぶらぶらっと散策。
休憩所でひとやすみして、宮きしめんを頂きました。

名古屋できしめんを食べると、なんかホッとするんですよ。
(数年前に名古屋城公園でも、きしめんを食べてホッとした。)


そして、熱田神宮の境内を出て、名鉄の神宮前駅へ。
次の目的地に向かいます。

これが私にとって、初めての名鉄への乗車だったのです♪



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