Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

杉田梅林



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横浜から、京浜急行のエアポート急行に乗って、
日の出町、井土ヶ谷、弘明寺、上大岡と過ぎ、5つ目の杉田駅で下車。

改札を出て、商店街でメンチを食べてから、京急の線路沿いを南へ。
交差するJR根岸線の高架をくぐり、小高い丘を上がりました。



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梅林下のバス停、杉田梅林町内会、
このあたりには、江戸時代のころ、大きな梅林があったそうです。

いまの杉田には、梅林はありません。
町角の標識や看板に残る、「梅林」の文字を探してまわった。



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そうして出会った、杉田梅林ふれあい公園。
園内の東向きの一角に、梅の木が何本か植えられていました。

ただ残念なことに、私が訪ねたときは、先日からの強風のせいか、
梅の花のほとんどは散ってしまっていた。



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ふれあい公園を出て、螺旋階段をまわって、丘から下りると、
麓には、妙法寺というお寺がありました。

門前には、圧倒的なビャクシンの存在。
樹齢は、推定600年。



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妙法寺は、1352年の創建。
戦国時代には、間宮氏の菩提寺になりました。

間宮氏は、小田原の後北条氏の配下にあった一族で、
妙法寺の近くにあった、笹下城を本拠としていました。

笹下から、杉田、森、氷取沢などの江戸湾岸エリアを管理して、
房総半島の里見軍の監視や、海岸線の警備を任されていたそうです。

1590年に後北条氏が滅んだあとは、徳川家康に仕えて、
氷取沢や、杉田を知行する旗本となりました。

横浜市港南区ホームページ・ふるさと港南 民話 幻の笹下城
http://www.city.yokohama.lg.jp/konan/furusato/minwa/minw-41.html


「妙法寺_(横浜市磯子区)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年1月25日 (水) 16:23
URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/妙法寺_(横浜市磯子区)


「笹下城」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年2月9日 (木) 11:32
URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/笹下城




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妙法寺をお参り。
境内には、たくさんの梅の花が咲いていました。

上下の写真の枝垂れ梅は、「 照水梅 」 という名で、
明治時代に、英照皇太后・照憲皇太后が天覧されたようです。
(境内に記念碑あり)



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杉田の梅林は、天正年間(1573 - 1592)、
間宮一族のひとり、間宮信繁が、
梅樹の植付を奨励し、果実の販売をさせたことが、始まりのようです。

その100年後の元禄のころには、杉田の梅樹は3万株にもなり、
さらに100年後の江戸後期には、森、根岸、滝頭、富岡にも植樹がされた。

杉田梅林は、文人墨客の作品として取り上げられ、
江戸近郊の観光名所となり、海路・陸路から多くの観梅客が訪れた。

妙法寺は、その杉田梅林の中心であった。
(説明板より)

現在の杉田では、この妙法寺と、ふれあい公園、そして、
よく注意して歩けば、民家の庭先や、京急の線路沿いに、梅の木を見つけることができます。



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Comment

chie*co  

3万株の梅林・・みごとだったんでしょうね~♪
みてみたかったです・・=*^-^*=

今日も・・素晴らしい1日になりますように・・
そして・・明日も・・ ず~っと ず~っと・・=*^-^*=~thanks!!

2017/02/25 (Sat) 17:07 | EDIT | REPLY |  

plumriver  

Re: chie*coさん

江戸時代の浮世絵などで少しだけ窺い知ることができるのですが、
私もやはり実際の杉田梅林を見てみたかったです。

おそらくですが、
田浦梅林に近い風景だったのかもと想像してます。

2017/02/26 (Sun) 22:32 | EDIT | REPLY |  

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