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Railtrip Landscape History

逆川の碑と、船着場跡


これは、海老名駅の東およそ1キロほどのところ、
伊勢山公園前の交差点にある、逆川の石碑。


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石碑のある場所には、かつて、
逆川(さかさがわ)という川が流れていたそうです。

逆川は、7世紀のころに造られた人工の運河で、
条里制の農地である海老名耕地の灌漑と、

運送の用のために掘られたとされている。
(説明板より)



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逆川の水は、海老名中心部の東を流れる、
目久尻川から取り入れていました。

目久尻川を堰とめて分水し、
石碑がある伊勢山公園前の交差点のところで方向をかえ、

国分僧寺と国分尼寺のあいだを、北へと流れたあと、
今泉のあたりで、逆川の水は海老名耕地へと注がれた。
(説明板より)

現在の地図だと、海老名駅から厚木駅のエリアが碁盤の目になっていて、
そっちが条里制の農地のように見えるけど、
7世紀の当時の海老名耕地は、海老名駅の北側にあったようです。

のちの時代に、逆川の流れは南へと変更されて、
海老名駅から厚木駅、さらに南の、門沢橋、倉見あたりまでの田を潤した。
(説明板より)



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逆川の石碑がある、伊勢山公園前の交差点は、
神奈川県道40号が、東西に通っています。

県道40号は、国道246号の旧道であり、
おそらく、かつての大山街道にきわめて近い道筋でもあります。

交差点のすぐそばを、目久尻川が流れています。
川の右岸は国分で、左岸は望地(もうち)。

ここから川の上流(北)へ向かうと、以前に歩いた、
かしわ台 - 海老名のエリアになります。

逆川の、目久尻川からの取水は、
おそらく、そのとき歩いたどこかにあったはず。



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一方、伊勢山公園前の交差点のすぐとなりを、
南北にとおる道は、神奈川県道407号。

県道407号は、道幅や線形、沿道の家々の佇まいに、
古くからの道であろう面影を、なんとなく感じさせる。

国分尼寺も、弥生神社も、国分僧寺も、
この県道407号に沿った場所にあります。



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そして、県道407号をすこし北へ進んだところ、
国分僧寺ちかくの住宅地のなかに、上の写真の標柱があります。

かつて、逆川の船着場があったことを示すこの標柱。
海老名カルタの 「 ん 」 を担当しています。

「 う 」 じゃなくて、「 ん 」 なんですね。

逆川の、この船着場と目久尻川の取水地点のあいだは、
平安中期ころまで、運河として利用されていたそうです。
(説明板より)





地図のマークが、船着場跡地の場所で、
下の写真は、そのまわりの様子です。

この一本の道だけ、他の場所より土地が低くなっています。
たしかに、川の跡なんだろうなって雰囲気がぷんぷんしてくる。
(においで分かる)



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船着場跡は、国分僧寺と国分尼寺のあいだにあり、
なんとなく古道っぽい県道407号に面しているので、

逆川を通じて、目久尻川や相模川とも関連した、
広域的な水運網の拠点だったのかもしれませんね。

さらに、海老名の東西を、古東海道と仮定される大山街道が通っている。
そうした水陸の交通の要衝であることを考えると、

いまなお謎の多い、海老名国府説ですが、
その存在は本当だったんじゃないかって、期待感が高まります。

海老名国府の跡地、もし見つかったら嬉しいな。



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