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Railtrip Landscape History

曽我別所の梅の花


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曾我氏館跡を見学したあと、さらに曽我のまちを散策。
曾我兄弟のお母さん・満江御前の屋敷跡と、墓を訪ねました。

曾我氏についての寺社や史跡は、曽我のまちを南北に走る県道72号より東側、
大磯丘陵の麓あたりの、西を向いた緩やかな斜面上に位置しています。

斜面なので坂道を歩くことが多いですが、勾配がなだらかなので、
坂の上り下りでクタクタに疲れるようなことはなく、むしろ気持ちよかったです。

古くからの農家の姿を感じさせるような道、その家々、畑のなか、
そこかしこに梅の木が植えられていて、曽我のまちそのものが曽我梅林といった印象でした。

前々回と前回の記事で、曾我兄弟の仇討ちをテーマに、
工藤氏と伊東氏について楽しんでみたんですけど、

工藤氏と伊東氏のことは、まだまだ解明されていないことが多いようで、
家系図にしても、彼らの実際の関係がどういうものだったのか、様々に説があります。

もしも伊東祐親が、
正当に譲り受けた上で伊東に住んでいたんだとしたら (?)

京で平重盛に仕えることは、
工藤祐経にとってそんなに悪いことでもないような (?)

悪役にされてしまいがちな伊東祐親も、工藤祐経も、
そして曽我兄弟の仇討ちについても、
その真の姿は、まだまだ疑問だらけなのかも。

私もまた、曽我を訪ねたときに考えてみよう。





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