Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

相模国分尼寺の跡地



PB001110



ここは、海老名駅から、尼寺交差点、並木橋をとおり、
北東へ少し移動したところにある、小田急線の踏切。

この踏切の東側に、ひとつの石碑があります。
それは、相模国分尼寺講堂跡の碑。



PB001111





国分寺は、奈良時代、741年に、聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」により、
仏教による国家鎮護を実現するため、建立を命じられた寺院。

律令各国ごとにそれぞれ、
国分僧寺と国分尼寺を、1つずつ設置したそうです。

関東でいうと、市名や駅名にもなっている、
東京都国分寺市の、武蔵国分寺(の跡地)が有名ですよね。

相模国の場合、国分寺は、ここ海老名駅の東側エリア、
相鉄線の線路の、南側に僧寺の跡が、北側に尼寺の跡があります。



PB001112



この尼寺の跡地は、
南北およそ150メートルほどの広場になっていました。

ひとつの説明板と、いくつかのベンチ、庚申塔。

なにか特別なものがあるわけじゃなく、
とくに何もないことが、むしろ魅力的に感じた。

もし真実の風景を欲するとしたら、
どのような姿を見ることで、私たちは満足できるでしょうか。



PB001113



相模国分寺の尼寺(法華滅罪之寺)は、
8世紀の中期以降に造営されたそうです。

過去に何度かの発掘調査が実施され、それにより、
175-200メートル四方の寺域をもつ、東大寺式の伽藍であり、

南から一直線に、中門、金堂、講堂、
さらに、経蔵、鐘楼、回廊の存在が確認されました。

さきほどの写真の、石碑があるのが、講堂の跡地で、
ベンチがあり、やや盛り上がっているのが、金堂の跡地にあたるようです。

尼寺は、火災や地震により倒壊・再建され、一時期は場所を移しながらも、
10世紀末ころまで、存続していたと考えられています。

「相模国分寺」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2016年11月25日 (金) 22:05
URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/相模国分寺




PB001114

PB001115

PB001116



701年 大宝律令
710年 平城京に遷都
712年 古事記の編纂
719年 楊貴妃が生まれる
720年 日本書紀の完成
723年 三世一身法
724年 聖武天皇の即位
729年 長屋王の変
732年 トゥール・ポワティエ間の戦い
737年 藤原四兄弟の病死
738年 箱根温泉が発見される
741年 国分寺建立の詔
743年 墾田永年私財法
743年 東大寺大仏建立の詔(752年 開眼)



PB001117





関連記事
スポンサーサイト

 神奈川のお寺 古代ロマン

Comment

Add your comment

Latest