TAKE YOU FOR A WALK

When The Setting Sun

Archive: 2018年04月

8500 still running

 30, 2018

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利根川のほとりにて

 26, 2018

赤城山と、榛名山。前橋の北天を支える2つの山。この旅ではっきり眺めることができたのは、榛名山のほうでした。前橋公園のわき、中央大橋の桁の上で、自転車を叫ばす若者たちの、ペダルの下を流れる利根川。詩人の萩原朔太郎がたびたび散歩した河原に、ひとり下りて、水の流れをまえに佇む。きのふまた身を投げんと思ひて、利根川のほとりをさまよひしが、水の流れはやくして、わがなげき、せきとむるすべもなければ、萩原朔太郎 ...

るなぱあく、波宜亭、臨江閣

 23, 2018

前橋にある、「日本一なつかしい遊園地」こと、るなぱあく。お子さまたち大喜びの小さな遊園地には、この日も、笑顔で遊びまわるたくさんの親子の姿があった。「るなぱあく」という愛称は、前橋出身の詩人・萩原朔太郎の詩に由来する。遊園地(るなぱあく)にて遊園地の午後なりき楽隊は空に轟き廻転木馬の目まぐるしく艶めく紅のごむ風船群集の上を飛び行けり。:明るき四月の外光の中嬉嬉たる群衆の中に混りてふたり模擬飛行機の...

前橋、休日の午前

 19, 2018

前橋は猫は多いです、とのことだったけど、まだ午前中だったからか、人もまばらで、見つけた猫も一匹だけ。それよりもむしろ、鳩が多かった。萩原朔太郎とボードレールは、ともに都会の群集のなかを求めた詩人で、そこに共通点があり、似ていると言われる。ただ、萩原朔太郎の孤独について、私としては、むしろ、カフカの匂いがするように思う。...

広瀬川の河畔を歩むなり

 16, 2018

ふとしも家を出でしが 行くべき方にそむきてあはれまた、廣瀬川河畔を歩むなりけり。萩原朔太郎 「初冬」より抜粋 習作集第9巻 萩原朔太郎全集第2巻 筑摩書房そうして、詩人の萩原朔太郎が逍遥したという広瀬川の河畔を、文学館の前から、上毛電鉄の中央前橋駅まで歩きました。広瀬川は、利根川から取水し、前橋のまちを流れる、かつての灌漑用水。私の地元の二ヶ領用水よりも、川幅ひろく、流れは速く、色は濃い。廣瀬川白く流れ...

前橋、萩原朔太郎の生家跡

 12, 2018

私の地元・川崎から、高崎線直通の電車に乗って、およそ2時間半、群馬の県都、前橋です。萩原朔太郎の詩をよみ、よんどころない共感を覚えて以来、いつか訪ねてみたかった、思慕のまち。この日の上州の風は、軟弱な私にはとても冷たく、あったかタイツを穿いてこなかったことを、早速後悔させられた。萩原朔太郎が前橋に生まれたのは、1886年(明治19年)。その頃の前橋は、「糸のまち」として養蚕業で栄え、近代化が進められてい...

開成から、栢山まで

 09, 2018

私たちは、後期近代における新自由主義的な排除と、封建社会における家父長制的な束縛、2方向からの支配に苦しんでいる。2つの支配が交差するのは、おもに都市の郊外。そこでは自己のアイデンティティが喪失され、実存が危機に陥いる。他者の排除、他者の束縛、他者を利用して、自身の空虚な心を埋める。正義と道徳、愛と優しさをもって、あなたを支配する。あなたを支配して、自らの空しい心を慰める。そして、排除は次なる排除を...

秦野、水無川の日曜日の午後

 05, 2018

ある日曜日の午後、秦野の水無川にて、カルチャーパークのあたりは、桜が満開でした。水辺で憩う人々は、セーヌ川のグランド・ジャット島のようであり、盆地のなかで寛ぐ恋人たちは、京都の鴨川のようであった。われも桜の木の下に立ちてみたれども...

昼下がり、円頓寺商店街

 03, 2018

翌日の名古屋にて、昼下がりは小雨だったので、大須、円頓寺と、屋根のある商店街を歩きました。この時間の円頓寺商店街は、下校の小学生と、買いもの姿のご婦人ばかりで、店は開いていたり閉まっていたり、かすかに雨のにおいのする空気がゆったりと流れていた。...