Ce n'est rien.

poesy from hasard objectif

Archive: 2018年01月

代田の、61号鉄塔

 29, 2018

複々線化のため地下となった、小田急線の世田谷代田駅を出て、南へすこし歩いたところにある、一本の鉄塔。この鉄塔の下には、詩人の萩原朔太郎が、1933年(昭和8年)から、1942年(昭和17年)に亡くなるまで住んでいたらしい。「萩原朔太郎」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年11月26日 (日) 06:53URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/萩原朔太郎61号鉄塔は、1926年(昭和元年)に建てられたもので、当時緑豊かな...

大磯の左義長の砂浜

 25, 2018

大磯の砂浜で行われた左義長、どんど焼き。こんなに規模が大きいとは、すごかったです。みなさん、火のまわりに集まり、体を温めながら、だんごを焼き焼き。だんごのささった竿を持って、暗がりの町を、海岸へと集まっていく地元の人々の姿と、火の粉がまいあがる夜空に、しんしんと輝くオリオンが印象的でした。...

吾妻山は暗くなり

 22, 2018

こないだ行った岬が見えて、月の闇夜を思い出す。しんみり静かな風が吹き、ますますあたりは暗くなり、故郷をなくした人々に、花が、鳥が、山がよびかける。人は人らしく生きたまえ。滅ぶとしても、滅ばぬとしても。...

大磯の高田公園の南側斜面から

 20, 2018

湘南平でしばし過ごしたあと、大磯駅まで下ろうとしていた私は、山道の途中で、トレッキングの紳士とすれ違う。「高田公園からの眺めが素晴らしいですよ。」思わぬ出会いと、思わぬアドバイスのさきに、思わぬ風景と、思わぬ感激が待っていた。ありがとうございます。...

湘南平から眺める

 17, 2018

東海道線の大磯駅から、テレビ塔を目印に、湘南平をのぼりました。いくつかの小さな山が連なって、ひとつの丘陵になっている、湘南平の標高は、181m。軟弱な足腰をもつ私は、息ぎれしつつの登山をして、前を行く元気な少年に励まされながら、ようようと、山頂の公園にたどり着きました。そこのベンチに座って、駅前で買ってきたパンを食べた。公園の、どこにいても展望台。相模湾とその海岸線、伊豆と三浦と房総の半島、伊豆大島に...

一日の終わりの逗子海岸

 14, 2018

日が沈むまでのわずかな時間は、それぞれの人が、人生を表出させる。間違いに始まり、間違いに終わる。それを確かめるために、間違いを冒しつづける。...

池子の森、神武寺の山

 12, 2018

京浜急行に乗って、逗子へ。池子の森から、神武寺の山へと散歩しました。かつて石切り場があったという神武寺の登山道は、岩でゴツゴツしているし、湧き水でグチョグチョもしている。出没危険のイノシシに怯えながら、歩を進める私のやや後ろを、ご高齢のお爺さんが、杖をつきながら付いてくる。転んじゃったりしないだろうかと、心配する私をよそに、えっほえっほと巧みに足を運び、みるみるうちに近づいてくる。彼に追いつかれま...

真鶴の御林

 07, 2018

真鶴半島の先端にある「御林」は、江戸時代に小田原藩が、松の苗を植林したもの。真鶴の海に魚が寄ってくるのは、この御林があるおかげらしい。林と、魚と、人間の、ナチュラルな関わり合い。番場浦での初日の出のあと、御林でしばし過ごし、さらに真鶴の町を散策しました。勝手気ままに路地や坂道を歩いたけど、町の人たちはまだ、お雑煮やおせちを食べている時間だったろうと思う。当然どこのお店も閉まっていたので、セブンイレ...

真鶴、番場浦の初日の出

 03, 2018

真鶴半島の岬のとなりにある、番場浦。初日の出の太陽を、三つ石のあいだに望める場所として有名ですが、それを撮影するには、知識と、経験と、行動力が必要みたい。「階段が多くて疲れたけど、良い新年を迎えられましたわ。」友達にそう話す女の子の言葉は、ここに集まったすべての人が、ともに分かち合ったおなじ想いだったはず。真鶴駅から、真鶴岬までは、およそ3.5キロの距離があります。往復で7キロと遠いので、車を利用する...

暁の真鶴

 02, 2018

一月一日 未明、暗がりの街を走る小田急線。その車内にて、右の窓に見える、象牙の月輪。年明けて部屋を出たときから、私の前に月は浮かんでいた。月との対面、月とのつれあい。ロマンスカーは静まりの車内、過ぎゆく駅のホームには、非日常にいる人々と、日常生活をする彼ら。新年あけましておめでとうございます。小田原から、東海道線の始発で、真鶴へ。静まりの町の、静まりの峠道、この星の輪郭がぼんやり光る。そうして私は...