Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

Archive: 2017年10月

昇開橋、筑後川

 31, 2017

佐賀の柳町で過ごしたあと、再び、佐賀市営バスに乗って、郊外へと走ること、およそ15分。筑後川のほとりにある、諸富橋のバス停へ。お初にまみゆ筑後川は、台風のあとのせいか、濁々としていた。諸富橋から、川の下流へすこし行くと、市営バスのつぎの停留所・昇開橋前、その向こうには赤い橋。筑後川に架かる昇開橋。佐賀駅と、瀬高駅(現・福岡県みやま市)とを結んでいた、かつての国鉄佐賀線の橋梁です。1935年(昭和10年)の...

佐賀の柳町、長崎街道

 29, 2017

佐賀県庁の北東、佐嘉神社の東にある、柳町にやって来ました。長崎街道にあたるこの道筋には、明治・大正期の建築物がならび、それらは歴史的文化財として公開されていたり、伝統工芸の工房や、ショップ、カフェとしても利用されています。佐賀の町歩きで、もっとも注目を集めるエリアなんじゃないかな。一軒また一軒と、巡っていく楽しみがあります。(佐賀市歴史民俗館)http://sagarekimin.jimdo.com/私はまず、江戸時代には煙...

佐嘉神社、松原神社

 27, 2017

佐賀バスセンターから佐賀市営バスに乗り、かつての佐賀藩主を祀る、佐嘉神社と松原神社をお参り。小雨の佐賀、平日のお昼前、静かな町をひとり歩く。水路の多い風景に惹かれ、いそいそとカメラを構えるも、なんだかやけに場違いのような気がして、どうしてこんなに遠くまで、いったい何をしているのか。歩くことしかできないのに、歩くことができない。それでも出会った、橋のうえで咲く、紫色の花。...

特急かもめ、雨の佐賀

 24, 2017

九州の旅の3日目は、JR博多駅から。この日はちょこっと遠出です。九州、それは鉄道の情熱の地。関東では到底お目にかかれないような、オリジナリティあふれる、おしゃれな車両がいっぱい走ってます。ゆふいんの森とか、ソニックとか、憧れなのですよ。私のこの初めての九州の旅でも、いくつか乗っておきたいなと思い、事前にきっぷの予約をとっていました。それは、このまっ白いボディ、特急かもめ号(885系)です。特急かもめは、...

YUEN BARA 17A

 23, 2017

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水城と、ヒガンバナ

 20, 2017

664年、大宰府を守るために建設された、水城。当時の先端的な土木技術が結集された、巨大な土塁です。全長1.2キロメートルある水城のうち、私は西鉄・下大利駅ちかくの、東門跡の周辺を歩きました。このとき、土手には、赤と白のヒガンバナが咲いていた。コスモスは、10月から11月にかけて咲くようにしているらしい。ほんの少しの時間だけ、ここを歩いて帰った私は、いつもここを歩き、季節と時間の移り変わりを知る人たちに出会っ...

観世音寺、戒壇院

 18, 2017

大宰府政庁跡の東にある、観世音寺。唐・新羅に滅ぼされた百済(660年)の復興要請に応えるため、みずから九州の地まで赴いた斉明天皇は、661年、朝倉橘広庭宮(福岡県)において崩御した。観世音寺は、皇子の中大兄(のち天智天皇)の発願により、母の追善のために建立され、746年に伽藍が完成したという。「観世音寺」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年10月3日 (火) 18:19URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/...

坂本八幡宮、万葉集歌碑

 16, 2017

大宰府政庁の北西にある、小さな神社。戦国時代に創建された坂本八幡宮、平安期にはお寺だったとも。その周囲は、大伴旅人の館跡と伝えられている。(説明板より)奈良時代、728年から730年まで、大宰府の長官(大宰帥)として赴任していた、大伴旅人。もしかしたら、この場所には、大宰府長官の官邸があったのかも。境内の石碑に刻まれるのは、万葉集に収録されている、大伴旅人の歌。奈良の都から大宰府に下り、間もなくして、妻...

大宰府政庁跡

 15, 2017

古代において、諸外国との玄関口だった、博多の那の津。その博多湾から、15キロあまり内陸にある、ここ太宰府は、外交と防衛、さらに九州の行政を統括する、大宰府政庁が置かれていた。写真の石碑は、大宰府の中核たる政庁にあって、長官が政務を取り、儀式儀礼などが行われた、正殿の跡を示すもの。私は、太宰府天満宮を参拝したあと、御笠川を渡って西へ歩き、大宰府政庁の跡地へとやって来ました。7世紀後半の飛鳥時代に、大和...

だざいふ遊園地、天開稲荷神社

 10, 2017

太宰府天満宮の、境内の奥まで行ったところにある、だざいふ遊園地。子供向けの遊園地とあなどるなかれ、質も量も豊富で、遊園地に揃うべきものが、揃いすぎるほど揃っています。私がこのあたりの子供だったら、友達と何度も何度も、丸一日ここで遊び、思い出の遊園地にしていたはず。私の思い出の、あの山のうえの遊園地は、もう存在しない。子供の笑い声が忘れられたとき、それは失われてしまった。そして、天満宮の境内のさらに...