Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

Archive: 2017年01月

南町田から、つきみ野まで

 29, 2017

東急田園都市線の、南町田駅から、つきみ野駅まで。凧揚げをする親子が楽しそうだった、鶴間公園をすぎると、東京都町田市と、神奈川県大和市を分ける、境川の流れ。そこには、相模湖の水を、横浜市民へとひっぱる、横浜水道のパイプラインのアーチ橋がありました。下鶴間城という、なにやら謎多き城跡をぬけて、町を一望できる高台へ。このあたりの町はどこも新しいが、この土地には、旧石器時代、1万2000年以上前から、人が暮ら...

吾妻山の菜の花、夕陽の時間

 26, 2017

吾妻山からの風景、あまりにも雄大で、あたかも幻想のように思えてしまう。この世界にしっかりと実在しているのは、あちらのほうなのに。吾妻山は、梅沢口から登るのが好きです。菜の花はややピーク過ぎでしたが、黄色と緑色のバランスがとても綺麗だと感じた。日が沈む1時間前に頂上についてから、暗くなるまで、ほとんど同じ人たちと、この場所で過ごしていたような気がする。この散歩で食べたパン★フェアリーテール(二宮の商店...

相模国二宮・川勾神社

 23, 2017

二宮駅から、東海道こと、国道一号線を西へ。川勾神社(かわわ)のお参りに向かいました。その途中、大磯ほどの規模はないけど、ちょこっとだけ松並木がありましたよ。そして、吾妻山入口交差点で、74キロポストを見つけました。二宮駅の周辺は、日本橋から、73 - 74キロの距離なんですね。川勾神社は、二宮駅の西の方角、直線距離で1.8キロ、東海道を歩いていくと、およそ2.5キロの道のりです。神奈中バスで行くこともできます。...

二宮の知足寺

 21, 2017

東海道線の平塚駅ホームで電車まちをしていたら、突然、見たことのない車両に遭遇しました。今年の春にデビュー予定の、JR東日本のクルーズトレイン、「 TRAIN SUITE 四季島 」 。黒いマスクに、白いボディ、この列車の存在を知らなかった私には、衝撃的な出会いでした。(なにこれ、なにこれ、なにこれ)これからの鉄道の旅は、クルーズトレインの時代になるのかな。乗りたいけれど、いまの私にはあまり縁が無いかも。(たまに会...

都県境の道、馬の背

 18, 2017

国道246号・長津田交差点のほど近く。小さな谷のなかに広がる畑、農作業をする人の姿もありました。まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような、大山街道の旧道沿いの各地にかつて見られた、典型的な農村の風景。なんて勝手に思っちゃうけど、ここが江戸時代から畑だったのか、それとも、わりと最近に畑になったのか、私には知る由もなし。でも、大山街道についての本や、このあたりの昔の風景の写真を、ネットや、写真展示イ...

長津田の大石神社、王子神社

 16, 2017

長津田駅からすぐ近くのところ、大山街道の旧道沿いにある、大石神社をお参りしました。大石神社(長津田村大石大権現祀)は、平安初期の歌人、在原業平(825 - 880)をお祀りしているそうです。一説には、御神体である神石が、在原業平についての伝説をもっているんだとか。江戸時代には、地元の領主で旗本の岡野家により、社殿の造営・修復がされているようです。(境内の説明板より)大石神社は、長津田宿の西端の、坂を上がっ...

御野立落雁と、長津田検車区

 14, 2017

ここは、横浜市 緑区。長津田駅の南口から、西へちょっと歩いたところ。下の写真の、手前に見える駐車場の一帯は、かつて、乾繭倉庫(かんけん)があった跡地のようです。「横浜・緑区歴史の舞台を歩く」 (相沢雅雄・昭和書院 1991)によると、現在の緑区のエリアにおいては、江戸後期から養蚕が始められ、その最盛期は、明治末期から大正のことだったそうです。養蚕が盛んになったのは、横浜港で生糸輸出が増加したことと、産地...

長津田、江雪斎の岡野家・大林寺

 12, 2017

東急田園都市線の田奈駅から、現代版の大山街道こと、国道246号沿いを南へ歩き、JR横浜線のガードを抜けて、長津田に来ました。246と横浜線が交差するあたりは、下長津田というみたい。横浜市営バスの下長津田のバス停のちかくで、長津田の史跡散策マップを見つけましたよ。長津田駅の南側(下のマップでは上側)では、大山街道の旧道(県道139号)から、国道246号が分かれて、バイパス化されている。旧大山街道の、この長津田駅の...

田奈の神鳥前川神社

 09, 2017

ステンレスのボディに、赤いライン。私の大好きな東急8500系に乗って、田奈駅にきました。田奈駅は、横浜市青葉区にある、東急・田園都市線の駅で、長津田駅のひとつ隣(渋谷寄り)に位置しています。田園都市線は、渋谷から南へ進み、多摩川を渡って、多摩丘陵の真ん中に築かれた、広大なベッドタウンを走る路線。丘陵地を走っているので、切通しや掘割、トンネルが多いのですが、起伏の多い地形をうまく利用した結果、なんと、踏...

寒川の一之宮緑道、相模線の廃線跡を歩く

 06, 2017

寒川神社をお参りした日。神社の参道を通ったあと、さらに南へ、一之宮緑道という遊歩道を歩きました。寒川町の小中学校の校章がデザインされた道。そのさきには線路が敷かれ、レール上には一組の車輪。ここは、一之宮公園。寒川神社の参道とJR相模線とが交差する、大門踏切から300メートルほどのところにあります。一之宮緑道には、1923年から1984年まで、相模線の支線である西寒川支線が走っていたそうです。西寒川支線は、寒川...