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Railtrip Landscape History

Category: 川崎

二子のほとり

 29, 2017

our side of Tama River土ほこりと草の匂い、野球の音と花火の響き、青鷺と川鵜、ツバメとヒバリ、朝焼けの飛行機、夕暮れの電車。子供のころ、鮎の稚魚を放流し、河川敷のクリーン作戦をした私は、川とのちょうど良い距離感をもっている。200発の花火、すごく良かったです。...

川崎大師、風鈴市、東門前

 24, 2017

川崎大師の風鈴市へ。川崎大師の駅から、平間寺をお参りし、そのまま東門前駅へと抜けるのが、私の十八番の散歩パターンです。「東門前」と書いて、「ひがしもんぜん」と読む。京浜急行は、やたらと濁点を使いたがる、だみ声のオジサンみたいな駅名が多い、それがシブカッコイイ。京浜急行のまわりには、お寺が多い。私の母の実家の墓地も、品川の、京浜急行の線路沿いにあり、彼岸とお盆には、京浜急行に乗って墓参りに行く。正月...

枡形山の桜を、展望台から

 18, 2017

川崎市 多摩区、向ヶ丘遊園駅の南にある枡形山、その頂上の展望台にのぼってきました。この日の山頂広場の桜は、すでに満開をすぎて、まさに散りどき。桜の花は、毎年咲いて、毎年散る。人もいずれ散る、街もいずれ散る。自然はふたたび蘇るが、人は滅多に再生しない。...

久地の円筒分水と桜

 16, 2017

久地の円筒分水。多摩川から水をとり、川崎市内を北から南へ、かつて農地を潤した農業水路である、二ヶ領用水。円筒分水は、二ヶ領用水の中間地点にある、水の再分配装置です。まるい輪っかは、その公平さを象徴し、厳密な比率で分割された水路は、その公正さの証。平等な水を、さもなくば戦え。...

稲毛荘と、枡形山の展望台

 27, 2016

前回の廣福寺から、坂道を南へ上って、生田緑地に入りました。生田緑地のエリア北部には、「枡形山」 という山があります。標高84メートルの小さな山です。生田緑地の正面ゲートから入ると、日本民家園や中央広場へと向かう道の、その右手にある高台が、枡形山になります。枡形山には、平安末期 - 鎌倉 - 室町のころ、枡形城という中世のお城がありました。1504年には、北条早雲と今川氏親が枡形城に入り、ここから立河原(立川)...

遊園の廣福寺、稲毛重成の館跡

 24, 2016

小田急線に乗って、向ヶ丘遊園駅に来ました。遊園(ゆーえん)って呼んでますよ、ジモティ的には。駅名の由来となった、向ヶ丘遊園というアットホームな遊園地は、2002年に閉園しちゃいました。現在のバラ苑や、藤子F不二雄ミュージアムの近くにあって、駅から遊園地まで、近未来的な姿のモノレールが走っていたんですよ。遊園地もモノレールも、もう存在しませんが、駅名だけはそのまま残っています。たぶん永遠にそのままだと思...

向ヶ丘遊園にある、生田緑地ばら苑

 03, 2016

私の地元、神奈川県 川崎市にある、生田緑地バラ苑。野球グランドひとつ分くらいの広さの、大きなバラ苑です。入場は無料で、春と秋、それぞれおよそ2週間ほど、バラの花が咲くころに開苑されます。生田緑地ばら苑公式サイトhttp://www.ikuta-rose.jp/色とりどりのバラの花、その香りに包まれた、小高い丘の上にある、みどりの空間。芝生の広場もあったりして、小さな子供たちがよく駆け回っています。親子・家族と来ても、恋人や...

二子橋、新二子橋

 07, 2016

多摩川にも、夏の空がやって来ました。新二子橋(国道246)から、二子橋(大山街道)を見る。多摩川の、左岸は東京都 世田谷区 玉川、右岸は川崎市 高津区 二子です。私の地元は、右岸の川崎です。少年のころ、野球をしたのも、花火を見たのも、右岸の河川敷でした。二子玉川を、ふたご、と呼ぶ人がたまにいる。武蔵小杉を、むさこ、と呼ぶ人がたまにいる。かつては存在しなかった言葉を、かつては存在しなかった街で耳にする。時...