FOR A WALK

in the landscape

Category: ブログ

桔梗とサルスベリ

 19, 2018

近所の公園の、桔梗とサルスベリ。毎年ここに咲いてくれます。...

又くる光

 10, 2018

くるりのアルバムをレンタルしまくってます。さよならストレンジャーTHE WORLD IS MINETOWER OF MUSIC LOVER僕の住んでいた街THE PIERくるりとチオビタ琥珀色の街、上海蟹の朝これまでほとんど聴いてこなかったので、お店の棚から順々に、ジャケットと帯コメで判断して、どれを借りるか選んでいます。ファンの人それぞれに最高の1枚があるんでしょうね。どれが好きなんだろう?岸田さんと又吉さんの対談をみたのがキッカケで、くる...

縄文にハマる人々、縄文にハマりつつある私

 18, 2018

ちょっとずつ縄文にハマりつつある私は、先日、映画「縄文にハマる人々」を観てきました。縄文ってどんな時代だったの?土器はなぜあんなにも奇抜なデザインなの?土偶にモデルはあるの、ないの?それらすべてがいまだ謎、誰にもわからない、だから誰もが考える、しかし誰にもわからない。誰もが答えをみつけたい、ひとつの答えがみつからない。そうして、この映画を見ると考えさせられる。縄文に答えをみつける必要はあるのかな?...

夕暮れの花

 14, 2018

夕暮れの土手に咲く花。毎日とても暑いですね。お体ご自愛下さい。にほんブログ村...

撫子、サツキ、我ら

 17, 2018

冬がこもり、春がくれば、いままで鳴かなかった鳥がきて鳴き、咲かなかった花も咲く。鳥が鳴けば嬉しく、花が咲けば愛でて、緑のさかんな茂りに生命を感じる。私たちは自然に帰りたいのではない。私たちは人間に帰りたいのだ。帰りの道がそれぞれに違うとしても。...

8500 still running

 30, 2018

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実を結ぶのは、花の散るあと

 20, 2018

やさしく我の生くる日にやさしく我の瞳を転ずひとみを転ずうみのうへひとみを転ずきみのうへまたもろもろの魚鳥のうへわれのあかるき美しきわれのするどきいぢらしきわれの額とわれの脣われの心とわれの胸われの思は遠くしてわれの愁はいや深しわれのみひとりしみじみとわれのみひとり血をながす萩原朔太郎 「自画像」習作集第九巻(『萩原朔太郎全集第二巻』 筑摩書房)より30年来の腐った心棒をぽっきり折って、新しい芽を育て...

風がふき、春はくる

 05, 2018

アネモネ、anemos、風の花。先週まで、つぼみは土表で伏せていましたが、春を告げる嵐のあと、むっくりと起き上がりました。そうして風が吹くたびに、花びらは開いていくのだろう。赤のアネモネの花言葉は、「君を愛す」“相手かたにとっての善を 相手かたのために願う人々こそが、最も充分な意味における親愛なる人々たるのだ。”“愛というものは、愛されることによりも、むしろ愛することに存する。愛することをもって悦びとしてい...

BAMBAKI

 06, 2018

BAMBAKI  βαμβακιギリシア語で、「コットン(綿)」の意味らしい。養蜂家のヤナコプロスさんが、ギリシャのカルディツァ県(Καρδίτσα)で、ミツバチとともに生産してくれたハチミツを、私は渋谷のショッピングビルで買いました。植物と、ハチと、人間によるひとつの仕事。そんなこと、自分の家でもできるといいなと思いつつ、テオ・アンゲロプロスの映画を見る。“ なぜです 教えてくださいなぜ お互いの愛し方が分からないのか ”...

クレエゲル

 25, 2017

先日の、スカパーのニュースザップ(12/15)。「前近代と、後期近代の、どっちか判断つかないようなところにいるのが日本」という、批評家の大澤聡さんの発言は、私がこの数年考えていたことに、なんとなくだけど響くものがあった。以下は、それを受けた私の考えで、とても現代的な人間がいるかと思えば、すごく封建的な人間がいたり、生活は利己主義の消費型、でも、性格は家父長制の主従型だったり。おそらく個人のなかで、その...