TAKE YOU FOR A WALK

When The Setting Sun

Category: ブログ

夕暮れの花

 14, 2018

夕暮れの土手に咲く花。毎日とても暑いですね。お体ご自愛下さい。にほんブログ村...

撫子、サツキ、我ら

 17, 2018

冬がこもり、春がくれば、いままで鳴かなかった鳥がきて鳴き、咲かなかった花も咲く。鳥が鳴けば嬉しく、花が咲けば愛でて、緑のさかんな茂りに生命を感じる。私たちは自然に帰りたいのではない。私たちは人間に帰りたいのだ。帰りの道がそれぞれに違うとしても。...

8500 still running

 30, 2018

...

実を結ぶのは、花の散るあと

 20, 2018

やさしく我の生くる日にやさしく我の瞳を転ずひとみを転ずうみのうへひとみを転ずきみのうへまたもろもろの魚鳥のうへわれのあかるき美しきわれのするどきいぢらしきわれの額とわれの脣われの心とわれの胸われの思は遠くしてわれの愁はいや深しわれのみひとりしみじみとわれのみひとり血をながす萩原朔太郎 「自画像」習作集第九巻(『萩原朔太郎全集第二巻』 筑摩書房)より30年来の腐った心棒をぽっきり折って、新しい芽を育て...

風がふき、春はくる

 05, 2018

アネモネ、anemos、風の花。先週まで、つぼみは土表で伏せていましたが、春を告げる嵐のあと、むっくりと起き上がりました。そうして風が吹くたびに、花びらは開いていくのだろう。赤のアネモネの花言葉は、「君を愛す」“相手かたにとっての善を 相手かたのために願う人々こそが、最も充分な意味における親愛なる人々たるのだ。”“愛というものは、愛されることによりも、むしろ愛することに存する。愛することをもって悦びとしてい...

BAMBAKI

 06, 2018

BAMBAKI  βαμβακιギリシア語で、「コットン(綿)」の意味らしい。養蜂家のヤナコプロスさんが、ギリシャのカルディツァ県(Καρδίτσα)で、ミツバチとともに生産してくれたハチミツを、私は渋谷のショッピングビルで買いました。植物と、ハチと、人間によるひとつの仕事。そんなこと、自分の家でもできるといいなと思いつつ、テオ・アンゲロプロスの映画を見る。“ なぜです 教えてくださいなぜ お互いの愛し方が分からないのか ”...

クレエゲル

 25, 2017

先日の、スカパーのニュースザップ(12/15)。「前近代と、後期近代の、どっちか判断つかないようなところにいるのが日本」という、批評家の大澤聡さんの発言は、私がこの数年考えていたことに、なんとなくだけど響くものがあった。以下は、それを受けた私の考えで、とても現代的な人間がいるかと思えば、すごく封建的な人間がいたり、生活は利己主義の消費型、でも、性格は家父長制の主従型だったり。おそらく個人のなかで、その...

long long time ago

 12, 2017

You're my sunshine がずっと私のなかでベストだけど、a walk in the park も良いんだよね、とか思いつつ、安室ちゃんのアルバムを聞く。globe、ミスチル、スピッツ、ELT、My Little Lover、大黒摩季。ミュージックプレイヤーの中身は、90年代J-POPばかり。洋楽の趣味はちょっとずつ変わっていくのに、おなじ日本人で好きになった声は、ずっと好きなままなのかも。...

レモンのジャム、クジラのバッジ

 21, 2017

冬だとはいえ、この寒さはちょっと早すぎるんじゃないの、とか思いつつ、雑司が谷をあるき、コクリコさんのレモンのジャム、そして、小野銅工店さんのクジラの銅バッジを買い、やさしそうでいて、さびしそうでもある人の、言葉と写真もいくつか買った。自らの手でつくり出し、形にして、人に喜ばれる。それってすごいなと、感心して、尊敬して、憧れて、いざ自分でもやろうとしてみるものの、それが本当に難しい。学んできたものは...

そういう関係

 06, 2017

先々週に球根をセットしたら、はやくも芽を出してきたアネモネ。枯れてはその種が散らばり、ふたたび伸びてくるナデシコ。近所のピラカンサは、実を赤くしていた。ピラカンサの根元には大きな石があり、雨が降ると、石の表面のくぼみに水溜りができる。水溜りは、10羽ほどのスズメの一家の沐浴の場になっている。彼らはお隣さんも同然で、兄弟たちがまだ幼かった頃からの顔見知り。とはいえ、私が近づいていけば、もちろん逃げ出す...