FOR A WALK

life is hanging out

Tag: 近代文学

青山斎場、或S病院の跡地

 04, 2018

港区にある青山斎場では、1916年に夏目漱石の葬儀が行われ、その受付を漱石門下にあった芥川龍之介が務めた。芥川龍之介の小説『歯車』のなかで、「僕」は、青山の墓地に近い或精神病院へ行こうと、緑のタクシイをおりて歩くのだが、どうしてか道を間違えて、青山斎場に出てしまう、という描写がある。「僕」が行こうとした或精神病院とは、かつて青山に所在した脳病院で、その患者であった芥川龍之介は、院長の斎藤茂吉のもとで受...

芥川龍之介の田端の旧居跡

 26, 2018

田端にある芥川龍之介の旧居跡。大正時代に文豪、詩人たちを集めた文士の村は、戦争による被害で大きく失われてしまったらしい。それでも古い面影が残っているかとおもったが、縦横無尽の大きな街路に、いかにも今風の新たな住宅、道を行くのは今風の夫婦で、ときどきは昔風のおじさんも。私の地元とさほど変わりがない風景。芥川龍之介の故地を訪ねようと思ったのは、萩原朔太郎が龍之介と交際していたのを知ったから。二人に親交...

田端文士の村

 23, 2018

JR山手線の、田端駅から南へ500メートル程、谷田橋の交差点を西へ入ったところにある、小さなお社。この田端水神稲荷神社のちかくで、詩人の萩原朔太郎が、1925年(大正14年)の4月から11月までの、約8か月を過ごしたらしい。朔太郎は、38歳のときに前橋から上京、まず大井町に住み、それから田端に転入し、妻の療養のため鎌倉へと移った。大正当時の田端は新興住宅地だったそうで、芥川龍之介を中心とした文士の村が形成されて...

利根川のほとりにて

 26, 2018

赤城山と、榛名山。前橋の北天を支える2つの山。この旅ではっきり眺めることができたのは、榛名山のほうでした。前橋公園のわき、中央大橋の桁の上で、自転車を叫ばす若者たちの、ペダルの下を流れる利根川。詩人の萩原朔太郎がたびたび散歩した河原に、ひとり下りて、水の流れをまえに佇む。きのふまた身を投げんと思ひて、利根川のほとりをさまよひしが、水の流れはやくして、わがなげき、せきとむるすべもなければ、萩原朔太郎 ...

るなぱあく、波宜亭、臨江閣

 23, 2018

前橋にある、「日本一なつかしい遊園地」こと、るなぱあく。お子さまたち大喜びの小さな遊園地には、この日も、笑顔で遊びまわるたくさんの親子の姿があった。「るなぱあく」という愛称は、前橋出身の詩人・萩原朔太郎の詩に由来する。遊園地(るなぱあく)にて遊園地の午後なりき楽隊は空に轟き廻転木馬の目まぐるしく艶めく紅のごむ風船群集の上を飛び行けり。:明るき四月の外光の中嬉嬉たる群衆の中に混りてふたり模擬飛行機の...

広瀬川の河畔を歩むなり

 16, 2018

ふとしも家を出でしが 行くべき方にそむきてあはれまた、廣瀬川河畔を歩むなりけり。萩原朔太郎 「初冬」より抜粋 習作集第9巻 萩原朔太郎全集第2巻 筑摩書房そうして、詩人の萩原朔太郎が逍遥したという広瀬川の河畔を、文学館の前から、上毛電鉄の中央前橋駅まで歩きました。広瀬川は、利根川から取水し、前橋のまちを流れる、かつての灌漑用水。私の地元の二ヶ領用水よりも、川幅ひろく、流れは速く、色は濃い。廣瀬川白く流れ...

前橋、萩原朔太郎の生家跡

 12, 2018

私の地元・川崎から、高崎線直通の電車に乗って、およそ2時間半、群馬の県都、前橋です。萩原朔太郎の詩をよみ、よんどころない共感を覚えて以来、いつか訪ねてみたかった、思慕のまち。この日の上州の風は、軟弱な私にはとても冷たく、あったかタイツを穿いてこなかったことを、早速後悔させられた。萩原朔太郎が前橋に生まれたのは、1886年(明治19年)。その頃の前橋は、「糸のまち」として養蚕業で栄え、近代化が進められてい...

鎌倉坂ノ下、海月楼の跡あたり

 15, 2018

鎌倉文学館で購入した、萩原朔太郎の生誕130年の特別展、「マボロシヲミルヒト」(平成28年開催)の図録を頼りに、萩原朔太郎が、1916年(大正5年)の12月から、翌年2月まで過ごしたという、旅館・海月楼の跡地を探しました。萩原朔太郎は病気療養をかねて、鎌倉坂ノ下にある海月楼に滞在し、第一詩集となる『月に吠える』を編集した。私は詩を思ふと、烈しい人間のなやみと、そのよろこびとをかんずる。詩は神秘でも 象徴でも 鬼...

代田の、61号鉄塔

 29, 2018

複々線化のため地下となった、小田急線の世田谷代田駅を出て、南へすこし歩いたところにある、一本の鉄塔。この鉄塔の下には、詩人の萩原朔太郎が、1933年(昭和8年)から、1942年(昭和17年)に亡くなるまで住んでいたらしい。「萩原朔太郎」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年11月26日 (日) 06:53URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/萩原朔太郎61号鉄塔は、1926年(昭和元年)に建てられたもので、当時緑豊かな...

夏目坂、漱石山房

 15, 2017

東京メトロ副都心線の西早稲田駅を出て、学習院女子大学のわきを歩き、戸山公園(箱根山)へ。少年たちの野球を見ながら、ワセダベーカリーのパンを食べたあと、早稲田大学の手前にある、穴八幡宮をお参りしました。穴八幡宮は、蟲封じの祈祷で有名なんだそうで、かつて、夏目漱石の夫人が、漱石の蟲封じにお参りをしたという。境内からすこし歩くと、東京メトロ東西線の早稲田駅の出入口があり、そこから南へと伸びる坂は、夏目坂...