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Railtrip Landscape History

Tag: 海

鎌倉坂ノ下、海月楼の跡あたり

 15, 2018

鎌倉文学館で購入した、萩原朔太郎の生誕130年の特別展、「マボロシヲミルヒト」(平成28年開催)の図録を頼りに、萩原朔太郎が、1916年(大正5年)の12月から、翌年2月まで過ごしたという、旅館・海月楼の跡地を探しました。萩原朔太郎は病気療養をかねて、鎌倉坂ノ下にある海月楼に滞在し、第一詩集となる『月に吠える』を編集した。私は詩を思ふと、烈しい人間のなやみと、そのよろこびとをかんずる。詩は神秘でも 象徴でも 鬼...

大磯の左義長の砂浜

 25, 2018

大磯の砂浜で行われた左義長、どんど焼き。こんなに規模が大きいとは、すごかったです。みなさん、火のまわりに集まり、体を温めながら、だんごを焼き焼き。だんごのささった竿を持って、暗がりの町を、海岸へと集まっていく地元の人々の姿と、火の粉がまいあがる夜空に、しんしんと輝くオリオンが印象的でした。...

一日の終わりの逗子海岸

 14, 2018

日が沈むまでのわずかな時間は、それぞれの人が、人生を表出させる。間違いに始まり、間違いに終わる。それを確かめるために、間違いを冒しつづける。...

真鶴、番場浦の初日の出

 03, 2018

真鶴半島の岬のとなりにある、番場浦。初日の出の太陽を、三つ石のあいだに望める場所として有名ですが、それを撮影するには、知識と、経験と、行動力が必要みたい。「階段が多くて疲れたけど、良い新年を迎えられましたわ。」友達にそう話す女の子の言葉は、ここに集まったすべての人が、ともに分かち合ったおなじ想いだったはず。真鶴駅から、真鶴岬までは、およそ3.5キロの距離があります。往復で7キロと遠いので、車を利用する...

暁の真鶴

 02, 2018

一月一日 未明、暗がりの街を走る小田急線。その車内にて、右の窓に見える、象牙の月輪。年明けて部屋を出たときから、私の前に月は浮かんでいた。月との対面、月とのつれあい。ロマンスカーは静まりの車内、過ぎゆく駅のホームには、非日常にいる人々と、日常生活をする彼ら。新年あけましておめでとうございます。小田原から、東海道線の始発で、真鶴へ。静まりの町の、静まりの峠道、この星の輪郭がぼんやり光る。そうして私は...

長者ヶ崎の日没

 03, 2017

やっぱり、神奈川の海は、冬だな。日が沈んだあとの、うす暗闇も楽しみつつ、京浜急行バスを待ちました。...

大切岸、チーズパン、葉山海岸

 29, 2017

冬の陽射しに照らされて肌白く光る、鎌倉の岩の壁。800メートルの長さをもつ崖は、さながら城壁のよう。名越切通しの道中にある、この大切岸(おおきりぎし)は、鎌倉幕府が、南東方面からの攻撃を防ぐために築いたのではないか。かつてはそう考えられていましたが、発掘調査の結果、それは否定され、石材をきりだすための、石切り作業場だったことが確認されました。大切岸もやはり、まんだら堂やぐら群と同じく、鎌倉中期、1260...

放生会、お潮井浜、ナガタパン

 27, 2017

大きな鳥居、そこから伸びる500メートルほどの参道を、露店の幔幕が余地なくならび、集いし人々進みゆく。ここは、福岡市東区にある、筥崎宮。平安時代の創建で、三大八幡宮のひとつらしい。この日は、放生会とよばれる祭事の期間中で、すごい人出でした。私は、天神駅から、福岡市地下鉄空港線・箱崎線に乗って、5駅目のところにある筥崎宮の最寄駅、箱崎宮前駅で下車しました。空港線と箱崎線は、中洲川端駅を経由した直通運転も...

三崎のレモネードソーダ

 16, 2017

YRP野比駅から、京急長沢駅まで歩いたあと、さらに、津久井浜駅から、三浦海岸駅まで。津久井浜までが横須賀市で、三浦海岸は三浦市になります。同じような住宅地のなかにも、少しずつ畑地が増えてくる。横須賀は、三浦半島の低い丘を住宅地として使う。三浦半島の低い丘を、三浦は農業地として使う。そして、三崎口から京浜急行バスに乗り、夕暮れの三崎へ。観光客と地元の人が混ざり合う、薄暗がりのバスのなか、「み」にアクセ...

大森ふるさとの浜辺公園の赤い花

 07, 2017

東京都 大田区の、大森にある、大森ふるさとの浜辺公園に行ってきました。京浜急行の、大森町駅と平和島駅のあいだを流れる、内川の河口付近の運河沿いに、2007年にオープンした公園。まぶしい白いビーチは、もちろん人工の砂浜です。対岸の平和島・昭和島は東京の物流拠点で、淡白で無表情な建物が並ぶ、その上を、羽田から離陸したばかりの飛行機が飛んでいく。公園のほとんどすべてが最近に造成されたもの、にもかかわらず、「...