Ce n'est rien.

Railtrip Landscape History

Tag: ひと駅を歩く

放生会、お潮井浜、ナガタパン

 27, 2017

大きな鳥居、そこから伸びる500メートルほどの参道を、露店の幔幕が余地なくならび、集いし人々進みゆく。ここは、福岡市東区にある、筥崎宮。平安時代の創建で、三大八幡宮のひとつらしい。この日は、放生会とよばれる祭事の期間中で、すごい人出でした。私は、天神駅から、福岡市地下鉄空港線・箱崎線に乗って、5駅目のところにある筥崎宮の最寄駅、箱崎宮前駅で下車しました。空港線と箱崎線は、中洲川端駅を経由した直通運転も...

野比から、長沢

 14, 2017

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番田から、原当麻まで

 04, 2017

神奈川県 相模原市にある、JR相模線の番田駅に来ました。番田駅の木造駅舎は、1941年に竣工されたものだそうです。当時は相模鉄道の駅で、駅名は「上溝」だったらしい。「番田駅 (神奈川県)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2017年8月27日 (日) 11:46URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/番田駅 (神奈川県)古い駅舎ですが、全体的に別の素材でコーティングされているので、一見するとそんなに古いようには見えず。木...

入谷駅のまわり

 30, 2017

ここは、相模線の入谷駅です。相模原市かな、海老名市かな、と思って調べたら、座間市でした。相模線で唯一の座間市内の駅。単線で、本数が少なく、ドアはボタンを押して開ける。神奈川県内では珍しい、素朴なスタイルの相模線。その相模線にあって、ひときわ素朴な入谷駅のまわり。頭を垂らし始めたばかりの水田、その背景には、私が大好きな大山と丹沢の山々。駅前にあるべきあらゆる店舗・施設の姿がここでは見られない。現代的...

チェ・ゲバラ展はあきらめて

 29, 2017

あまりにも混んでいた、チェ・ゲバラの写真展はあきらめて、恵比寿から中目黒にかけての町を、すこし散歩。生産と消費、欲望の廃棄、私たちの時代のシンボルのひとつ、清掃工場の煙突、後ろめたさを眺めて歩いた。その後、大通り沿いにある、小さくて美しい八百屋さんで買った、野菜とフルーツのスムージー(旬ムージー)を飲み、たまたま出会った八幡宮をお参りした。...

川崎大師、風鈴市、東門前

 24, 2017

川崎大師の風鈴市へ。川崎大師の駅から、平間寺をお参りし、そのまま東門前駅へと抜けるのが、私の十八番の散歩パターンです。「東門前」と書いて、「ひがしもんぜん」と読む。京浜急行は、やたらと濁点を使いたがる、だみ声のオジサンみたいな駅名が多い、それがシブカッコイイ。京浜急行のまわりには、お寺が多い。私の母の実家の墓地も、品川の、京浜急行の線路沿いにあり、彼岸とお盆には、京浜急行に乗って墓参りに行く。正月...

変わらぬ文庫、変わる八景

 10, 2017

金沢文庫駅から、いつもの道を歩いて、いつもの称名寺庭園へ。生きるものすべてが蒸し上がりそうなこの日、池の亀だけが、我が庭をのどかに泳ぎまわっていた。その後、シーサイドラインの延伸と駅舎の工事が進む、八景の駅前へ。いつの間にか、八景駅前のシンボルこと、木村家住宅主屋(旧円通寺客殿)が姿を消していた。八景駅の西口、新たな公園の整備をするため、住宅は、解体・修復されているようです。特別気に掛けていたわけ...

相模の大凧

 12, 2017

JR相模線に乗って、相模の大凧を見てきました。相模の大凧は、毎年、ゴールデンウィークの後半の、5月4日と、5月5日に、相模川の河川敷で開催されている、大きな凧揚げのイベントです。(相模原市観光協会・相模の大凧)http://www.e-sagamihara.com/event/may/0237/その凧揚げ会場は、JR相模線の下溝駅から、おとなりの相武台下駅までのあいだ。相模川の東岸の、およそ3キロほどのエリアの内の、4ヶ所で凧揚げが行われています。...

米神ブルー、片浦レモン

 10, 2017

佐奈田霊社のあと、米神の町と漁港をとおり、片浦の坂道をのぼり、根府川駅まで歩きました。駅前に設けられていた直売所で、店番をしていた地元の少年から、片浦レモン、1パック、5個入りを、200円で買いました。片浦で、大好きな片浦レモンを、片浦の少年から買う。その感動で、私の心にレモンの花が咲いたのは言うまでもない。パスタソースにしたり、カルパッチョに絞ったり、紅茶に浮かべたり。料理誌で目にした、レモンオムレ...

佐奈田霊社、石橋山古戦場

 08, 2017

東海道線の、早川と根府川のあいだ。石橋と米神にまたがって位置する、ここは石橋山のエリアです。山の一角にある、佐奈田霊社をお参り。平安末期の武士、佐奈田義忠を祀る神社です。佐奈田義忠は、治承4年(1180年)8月23日におきた、石橋山の戦いに、源頼朝の軍の先鋒として参加していました。そして、敵の武将、俣野景久・長尾定景と戦闘になり、家臣の文三家安とともに、この地で討死にした。(享年25)吾妻鏡には、1190年に頼...